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住所や氏名を秘匿して訴訟、調停、強制執行を行う方法について

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住所や氏名を秘匿して訴訟、調停、強制執行を行う方法について

住所や氏名を秘匿して訴訟、調停、強制執行を行う方法について

2024/02/05

1 住所、氏名等の秘匿制度導入の経緯

 裁判所に訴訟や調停等を申し立てる場合、誰が誰に対し訴えの提起等をしているのか特定するため、訴状や申立書に、住所と氏名を記載する必要があります。

 訴状や申立書は相手方当事者に送られるため、訴状等に記載した住所や氏名は相手方に知られてしまうことになります。

 

 しかし、相手方から犯罪や、DV・ストーカー行為の被害を受けている事案等、住所がわかってしまうと相手方が住所におしかけ、暴行や脅迫等を受けてしまったり、そこまで至らなくても迷惑行為をなされてしまったりする場合もあり得ます。

 

 相手方に住所を知られたくない場合、従前、実務上、訴状等に、

①夫婦・元夫婦間の事案では実家の住所や最後に同居していた住所を記載する

②代理人弁護士の事務所住所を記載する

といった方法を取るといった方法が用いられていました。

 しかし、訴訟の判決や和解調書、調停調書等を勝ち取ったものの、相手方がお金を支払わず、強制執行をする場合手続に支障が生じる場合もあり得ました。

 また、相手方に名前を知られないようにする制度はありませんでした。

 

 そこで、民事訴訟法、家事事件手続法、民事調停法が改正され、2023年(令和5年)2月20日から、住所、氏名等の秘匿制度が導入されました(民事訴訟法新133条~133条の4、家事事件手続法38条の2、民事調停法21条の2)。

 

以下では、特に断らない限り民事訴訟での規定を念頭に置いて説明しますが、特に断らない限り、以下で掲げる規定が民事調停、家事調停・家事審判についても準用されるほか、離婚訴訟等の人事訴訟にも適用されます。

(なお、民事訴訟法改正で、裁判所が職権で被告等の住居所等の調査嘱託結果の閲覧を制限する制度も導入されましたが(民事訴訟法133条の3)、本稿では解説を省略します。)

 

2 住所、氏名等の秘匿が認められる場合について

新たな住所、氏名等の秘匿制度では、裁判所に、住所等や氏名等を秘匿するよう求める申立て(秘匿申立て。民事訴訟法133条1項)を書面で(民事訴訟規則52条の9第1号)することとされています。

裁判所は、住所等や氏名等の全部または一部が当事者(民事調停、家事調停、家事審判の場合これに加え利害関係参加人(民事調停法21条の2、家事事件手続法38条の2))に知られることによって「社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがある」があることが一応確からしいと判断した場合(疎明があったと認められた場合)、住所等や氏名等を秘匿するとの決定(秘匿決定)をすることができることとされています(民事訴訟法133条1項)。

 

3 秘匿できる情報について

 この制度では、当事者本人のほか、法定代理人(親権者等)について、

・「住所、居所その他その通常所在する場所」(住所や居所のほか、職場等も含まれるものとされています。)

・氏名その他そのものを特定するに足りる事項(氏名のほか本籍等も含むものとされています。通称名を用いて社会生活を営んでいる方の場合、通称名も含まれるものと解されます。)

を秘匿することが認められています(民事訴訟法133条1項)。

 

4 秘匿決定確定までの手続

 秘匿の申立てをする場合、秘匿を求める者は、秘匿を求める住所等・氏名等のほか、郵便番号、電話番号、FAX番号を記載し記名押印した「秘匿事項届出書面」を提出して裁判所に秘匿事項を届け出ることとされています(民事訴訟法133条2項・民事訴訟規則52条の10第1項)。

 秘匿の申立てについての裁判が確定するまでは、秘匿対象者以外の者は、秘匿事項届出書面を閲覧したり謄写したりすることは認められないこととされています(民事訴訟法133条3項)。

 裁判所が秘匿を認めなかった場合(秘匿申立てを却下する決定をした場合)、却下決定の告知を受けてから1週間以内に「即時抗告」という不服申立てをして、上級裁判所(地方裁判所・家庭裁判所が秘匿申立てを却下した場合高等裁判所、簡易裁判所が秘匿申立てを却下した場合地方裁判所)の判断を仰ぐことができます(民事訴訟法133条4項)。即時抗告の手続中も、秘匿対象者以外は秘匿事項届出書面を閲覧・謄写することができません。(民事訴訟法133条の2第1項)。

 

5 秘匿決定確定後の手続

裁判所が秘匿決定をした場合、秘匿事項届出書面は、秘匿対象者以外は閲覧・謄写することができなくなります。(民事訴訟法133条の2第1項)。

秘匿決定では、住所又は氏名の代替事項(真の住所の代わりに住所を「A」と表記する、真の氏名の代わりに氏名を「B」と表記する等)が定められ(民事訴訟法133条5項前段)、その後の手続では、住所・氏名の代わりに裁判所が定めた代替事項を記載すればよいものとされます(同項後段)。氏名について秘匿決定がなされた場合、秘匿対象者は、裁判所に提出する書類に押印をしなくてよいこととなります(民事訴訟規則52条の12第1項)。(訴状や申立書、委任状については、提出する際住所・氏名の代わりに記載する事項を決め、それを記載したものを提出しておくことになります。)

注意すべきこととしては、訴訟の場合、秘匿決定によって何もしなくても当然に相手方が見られなくなるのは秘匿事項届出書面のみであることが挙げられます。そのため、その後の手続では、裁判所に提出する主張書面や証拠に秘匿事項やそれを推知されるような事項が表記されていないか細心の注意を払い、証拠等に記載された秘匿事項についてはマスキング等をして提出する必要があります。(推知させる事項としては、住所を秘匿する場合、利用したご自宅や職場等の近くのお店や医療機関の名称・住所、お子様の学校名等。氏名を秘匿する場合ご家族・ご親族の苗字等が考えられます。)

立証との関係で秘匿事項やそれを推知されるような事項をマスキングせずに裁判所に見てもらう必要がある書類については、書類を提出する際(民事訴訟規則52条の11第2項)、閲覧等制限の申立て(民事訴訟法133条の2第2項)をする必要があります。

また、閲覧等制限の申立ては、特定の書類の、裁判所が指定する秘匿事項記載部分についてなされるという仕組みになっています(民事訴訟法133条の2第2項)。そのため、別々の機会に提出する書類に住所等・氏名等やそれを推知させる事項が現れる場合、提出の都度、閲覧等制限の申立てをする必要があります。

一方、家事調停や審判の場合、もともと、当事者であっても、記録の閲覧には家庭裁判所の許可が必要とされており(家事事件手続法47条1項、254条1項)、①当事者等の私生活若しくは業務の平穏を害するおそれがある場合、②当事者等の私生活についての重大な秘密が明らかにされることにより、その者が社会生活を営むのに著しい支障を生じ、又はその者の名誉を著しく害する恐れがある場合、③事件の性質、審理の状況、記録の内容等に照らして申立てを許可することを不適当とする特別の事情があると認められる場合には、記録の閲覧等を許可しないことができることとされています(家事事件手続法47条4項、254条6項)。そのため、家事調停や審判については閲覧等制限の申立て制度は設けられませんでした。しかし、住所等や氏名等を推知させる事項については、第三者である裁判官は住所等や氏名等を推知できることに思い至らないが、当事者は住所等・氏名等を推知できてしまうものもあり得ます。また、裁判官の見落としにより住所等・氏名等が記載された書類の閲覧等が許可されてしまう可能性も否定はできません。そのため、住所等や氏名等が相手方に伝わることをできる限り避けるためには、やはり、証拠等に記載された秘匿事項についてはマスキング等をして提出する、立証との関係で秘匿事項やそれを推知されるような事項をマスキングせずに裁判所に見てもらう必要がある書類については、書類を提出する際、「非開示希望申出」という形で、裁判所に相手方に見られては困ることとその理由を伝えておく等の対策を取る必要があるものと考えます。

また、人事訴訟手続において行われた家庭裁判所調査官による事実の調査に係る記録についても、当事者であっても家庭裁判所の許可が必要とされており(人事訴訟法35条1項)、①未成年の子の利益を害するおそれ、①当事者又は第三者の私生活若しくは業務の平穏を害するおそれ、②当事者又は第三者の私生活についての重大な秘密が明らかにされることにより、その者が社会生活を営むのに著しい支障を生じ、又はその者の名誉を著しく害するおそれがある場合には、相当と認めるときに限り、閲覧等を許可できることとされています(人事訴訟法35条2項)。そのため、事実の調査に係る記録は閲覧等制限の対象外とされています(人事訴訟法35条8項)。

 

6 強制執行の手続について

訴訟や調停において秘匿決定がなされた場合、訴訟や調停の手続のみならず、その事件についての強制執行についても、裁判所に提出する書類には、訴訟等の際裁判所が定めた代替事項を記載すればよいものとされています(民事訴訟法133条5項)。

そのため、強制執行の申立書には、訴訟の際定められた代替事項を記載すればよいこととなります。

 (なお、裁判所に真の住所等・氏名等やそれを推知させる事項が記載された書面を提出せざるを得ず、閲覧等の制限が必要となる場合には、強制執行の事件についても、秘匿申立てと閲覧等制限の申立てをする必要があります。)

 訴訟や調停において秘匿決定がなされた事件について相手方の預金や給与等の債権を差し押さえる場合、裁判所から、第三債務者(銀行、雇用主等、相手方に対し差し押さえられた債権に係る債務を負っている者)に対し、差し押さえた債権の全額に相当する金銭を債務の履行地(特約等がなければ相手方の住所(民法484条1項)を管轄する供託所(供託を取り扱う法務局)に供託するよう命令してもらうよう申立てをすることができます(民事執行法161条の2第2号)。これにより、相手方の取引銀行や雇用主等にこちらの住所等・氏名等を知らせずに取立てをすることが可能になります。

 供託された金銭は、裁判所による配当等の手続を経て、法務局に供託金払渡の手続をして受け取ることになります。

(なお、第三債務者に供託をさせ、配当等の手続を経て法務局から供託金払渡の手続をするというのはそれなりに煩雑ですので、弁護士を代理人に立てて強制執行をする場合には、第三債務者から弁護士の口座に振り込んでもらうようにするのが通常かと思われます。供託命令の手続は、あくまで、弁護士を立てずにご自身で差押え手続を行う場合の手段と位置付けられるものと考えます。)

 

7 注意事項

 ここまで説明してきた住所等・氏名等の秘匿の制度では、希望すれば必ず住所等や氏名等の秘匿が認められるわけではなく、裁判所に、住所等・氏名等が相手方に知られることにより、「社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがある」ことが一応確からしいと認めてもらう必要があります。裁判所にそのように認めてもらえなかった場合、相手方に自己の住所氏名を明かして訴訟等を進めざるを得なくなります。

 また、秘匿決定が出た場合でも、秘匿対象者が住所等や氏名等の記載がある書類を提出してしまうと、書類提出の際に閲覧等制限の申立てをしない限り、住所等や氏名等が相手方に伝わってしまいます。そのため、裁判所に書類を提出する際には、住所等や氏名等、及びそれを推知させる事項が記載されていないか細心の注意を払うとともに、閲覧等制限の申立てをするかよく検討する必要があります。。

 さらに、秘匿決定がなされた場合でも、相手方は、秘匿決定の要件を欠く(又は事後的に欠くに至った)として秘匿決定の取消しの申立てをすることができます(民事訴訟法133条の4第1項)。

また、相手方は、「自己の攻撃又は防御に実質的な不利益を生じるおそれがあるとき」には、裁判所の許可を得て、秘匿事項届出書面や、閲覧等制限がなされた書類の閲覧・謄写等をすることが認められています(民事訴訟法133条の4第2項)。秘匿決定の取消しや(訴訟手続きの場合)閲覧・謄写等の許可をする場合には裁判所は秘匿対象者の意見を聴かなければならないとされているうえ(民事訴訟法133条の4第4項1号)、秘匿決定が取り消されてしまった場合や閲覧等の許可決定がなされてしまった場合には「即時抗告」(上級裁判所への不服申立て)をして争うことが認められてはいますが(民事訴訟法133条の4第5項)、秘匿対象者の意思に反して住所・氏名等が相手に明らかになってしまうことはあり得ます。

 また、家事調停や家事審判の手続については、秘匿事項届出書面の閲覧・謄写については上記の意見聴取や即時抗告の規定が準用されます(家事事件手続法38条の2)。

しかし、家事審判・家事調停手続については閲覧等制限の規定が準用されないこととされたうえ(家事事件手続法38条の2)、家事審判・家事調停事件の記録の閲覧等の許可の規定(家事事件手続法47条、254条)には、相手方からの意見聴取の規定や、閲覧等許可に対する相手方からの即時抗告の規定がありません。非開示希望申出がなされた事件記録について相手方から閲覧等許可申請があった場合の秘匿対象者からの意見聴取については規定がなくても運用上実施されるのではないかと期待したいところですが、非開示希望申出がなされた事件記録について相手方に閲覧等が許可されたことについての即時抗告は、明文の規定がない以上できないものと思われます(家事事件手続法99条)。家事調停・家事審判手続に住所等、氏名等又はそれらを推知させる事項が記載された証拠等を提出するのは、真にやむを得ない場合に限ることとして自衛するよりほかなさそうです。

 

8 雑感

 このように、この手続によっても住所・氏名等が相手に明らかになってしまうことはあり得るのですが、住所・氏名等を伏せて訴訟等のみならず強制執行まで行うことが一応可能になったのは大きな意義があるものと思われます。

 弊所の取扱分野との関係では、DV事案のほか、住所や本名を明かさずにX(Twitter)、インスタグラム、YouTube等のSNS等に投稿をしていたところ誹謗中傷にあった場合等において有効に活用できるのではないかと考えております。

 弊所においては、このような事案の活用等も見据えつつ、事案に応じた最適な訴訟・調停等の進め方をご提案したいと考えております。

1 住所、氏名等の秘匿制度導入の経緯

 裁判所に訴訟や調停等を申し立てる場合、誰が誰に対し訴えの提起等をしているのか特定するため、訴状や申立書に、住所と氏名を記載する必要があります。

 訴状や申立書は相手方当事者に送られるため、訴状等に記載した住所や氏名は相手方に知られてしまうことになります。

 

 しかし、相手方から犯罪や、DV・ストーカー行為の被害を受けている事案等、住所がわかってしまうと相手方が住所におしかけ、暴行や脅迫等を受けてしまったり、そこまで至らなくても迷惑行為をなされてしまったりする場合もあり得ます。

 

 相手方に住所を知られたくない場合、従前、実務上、訴状等に、

①夫婦・元夫婦間の事案では実家の住所や最後に同居していた住所を記載する

②代理人弁護士の事務所住所を記載する

といった方法を取るといった方法が用いられていました。

 しかし、訴訟の判決や和解調書、調停調書等を勝ち取ったものの、相手方がお金を支払わず、強制執行をする場合手続に支障が生じる場合もあり得ました。

 また、相手方に名前を知られないようにする制度はありませんでした。

 

 そこで、民事訴訟法、家事事件手続法、民事調停法が改正され、2023年(令和5年)2月20日から、住所、氏名等の秘匿制度が導入されました(民事訴訟法新133条~133条の4、家事事件手続法38条の2、民事調停法21条の2)。

 

以下では、特に断らない限り民事訴訟での規定を念頭に置いて説明しますが、特に断らない限り、以下で掲げる規定が民事調停、家事調停・家事審判についても準用されるほか、離婚訴訟等の人事訴訟にも適用されます。

(なお、民事訴訟法改正で、裁判所が職権で被告等の住居所等の調査嘱託結果の閲覧を制限する制度も導入されましたが(民事訴訟法133条の3)、本稿では解説を省略します。)

 

2 住所、氏名等の秘匿が認められる場合について

新たな住所、氏名等の秘匿制度では、裁判所に、住所等や氏名等を秘匿するよう求める申立て(秘匿申立て。民事訴訟法133条1項)を書面で(民事訴訟規則52条の9第1号)することとされています。

裁判所は、住所等や氏名等の全部または一部が当事者(民事調停、家事調停、家事審判の場合これに加え利害関係参加人(民事調停法21条の2、家事事件手続法38条の2))に知られることによって「社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがある」があることが一応確からしいと判断した場合(疎明があったと認められた場合)、住所等や氏名等を秘匿するとの決定(秘匿決定)をすることができることとされています(民事訴訟法133条1項)。

 

3 秘匿できる情報について

 この制度では、当事者本人のほか、法定代理人(親権者等)について、

・「住所、居所その他その通常所在する場所」(住所や居所のほか、職場等も含まれるものとされています。)

・氏名その他そのものを特定するに足りる事項(氏名のほか本籍等も含むものとされています。通称名を用いて社会生活を営んでいる方の場合、通称名も含まれるものと解されます。)

を秘匿することが認められています(民事訴訟法133条1項)。

 

4 秘匿決定確定までの手続

 秘匿の申立てをする場合、秘匿を求める者は、秘匿を求める住所等・氏名等のほか、郵便番号、電話番号、FAX番号を記載し記名押印した「秘匿事項届出書面」を提出して裁判所に秘匿事項を届け出ることとされています(民事訴訟法133条2項・民事訴訟規則52条の10第1項)。

 秘匿の申立てについての裁判が確定するまでは、秘匿対象者以外の者は、秘匿事項届出書面を閲覧したり謄写したりすることは認められないこととされています(民事訴訟法133条3項)。

 裁判所が秘匿を認めなかった場合(秘匿申立てを却下する決定をした場合)、却下決定の告知を受けてから1週間以内に「即時抗告」という不服申立てをして、上級裁判所(地方裁判所・家庭裁判所が秘匿申立てを却下した場合高等裁判所、簡易裁判所が秘匿申立てを却下した場合地方裁判所)の判断を仰ぐことができます(民事訴訟法133条4項)。即時抗告の手続中も、秘匿対象者以外は秘匿事項届出書面を閲覧・謄写することができません。(民事訴訟法133条の2第1項)。

 

5 秘匿決定確定後の手続

裁判所が秘匿決定をした場合、秘匿事項届出書面は、秘匿対象者以外は閲覧・謄写することができなくなります。(民事訴訟法133条の2第1項)。

秘匿決定では、住所又は氏名の代替事項(真の住所の代わりに住所を「A」と表記する、真の氏名の代わりに氏名を「B」と表記する等)が定められ(民事訴訟法133条5項前段)、その後の手続では、住所・氏名の代わりに裁判所が定めた代替事項を記載すればよいものとされます(同項後段)。氏名について秘匿決定がなされた場合、秘匿対象者は、裁判所に提出する書類に押印をしなくてよいこととなります(民事訴訟規則52条の12第1項)。(訴状や申立書、委任状については、提出する際住所・氏名の代わりに記載する事項を決め、それを記載したものを提出しておくことになります。)

注意すべきこととしては、訴訟の場合、秘匿決定によって何もしなくても当然に相手方が見られなくなるのは秘匿事項届出書面のみであることが挙げられます。そのため、その後の手続では、裁判所に提出する主張書面や証拠に秘匿事項やそれを推知されるような事項が表記されていないか細心の注意を払い、証拠等に記載された秘匿事項についてはマスキング等をして提出する必要があります。(推知させる事項としては、住所を秘匿する場合、利用したご自宅や職場等の近くのお店や医療機関の名称・住所、お子様の学校名等。氏名を秘匿する場合ご家族・ご親族の苗字等が考えられます。)

立証との関係で秘匿事項やそれを推知されるような事項をマスキングせずに裁判所に見てもらう必要がある書類については、書類を提出する際(民事訴訟規則52条の11第2項)、閲覧等制限の申立て(民事訴訟法133条の2第2項)をする必要があります。

また、閲覧等制限の申立ては、特定の書類の、裁判所が指定する秘匿事項記載部分についてなされるという仕組みになっています(民事訴訟法133条の2第2項)。そのため、別々の機会に提出する書類に住所等・氏名等やそれを推知させる事項が現れる場合、提出の都度、閲覧等制限の申立てをする必要があります。

一方、家事調停や審判の場合、もともと、当事者であっても、記録の閲覧には家庭裁判所の許可が必要とされており(家事事件手続法47条1項、254条1項)、①当事者等の私生活若しくは業務の平穏を害するおそれがある場合、②当事者等の私生活についての重大な秘密が明らかにされることにより、その者が社会生活を営むのに著しい支障を生じ、又はその者の名誉を著しく害する恐れがある場合、③事件の性質、審理の状況、記録の内容等に照らして申立てを許可することを不適当とする特別の事情があると認められる場合には、記録の閲覧等を許可しないことができることとされています(家事事件手続法47条4項、254条6項)。そのため、家事調停や審判については閲覧等制限の申立て制度は設けられませんでした。しかし、住所等や氏名等を推知させる事項については、第三者である裁判官は住所等や氏名等を推知できることに思い至らないが、当事者は住所等・氏名等を推知できてしまうものもあり得ます。また、裁判官の見落としにより住所等・氏名等が記載された書類の閲覧等が許可されてしまう可能性も否定はできません。そのため、住所等や氏名等が相手方に伝わることをできる限り避けるためには、やはり、証拠等に記載された秘匿事項についてはマスキング等をして提出する、立証との関係で秘匿事項やそれを推知されるような事項をマスキングせずに裁判所に見てもらう必要がある書類については、書類を提出する際、「非開示希望申出」という形で、裁判所に相手方に見られては困ることとその理由を伝えておく等の対策を取る必要があるものと考えます。

また、人事訴訟手続において行われた家庭裁判所調査官による事実の調査に係る記録についても、当事者であっても家庭裁判所の許可が必要とされており(人事訴訟法35条1項)、①未成年の子の利益を害するおそれ、①当事者又は第三者の私生活若しくは業務の平穏を害するおそれ、②当事者又は第三者の私生活についての重大な秘密が明らかにされることにより、その者が社会生活を営むのに著しい支障を生じ、又はその者の名誉を著しく害するおそれがある場合には、相当と認めるときに限り、閲覧等を許可できることとされています(人事訴訟法35条2項)。そのため、事実の調査に係る記録は閲覧等制限の対象外とされています(人事訴訟法35条8項)。

 

6 強制執行の手続について

訴訟や調停において秘匿決定がなされた場合、訴訟や調停の手続のみならず、その事件についての強制執行についても、裁判所に提出する書類には、訴訟等の際裁判所が定めた代替事項を記載すればよいものとされています(民事訴訟法133条5項)。

そのため、強制執行の申立書には、訴訟の際定められた代替事項を記載すればよいこととなります。

 (なお、裁判所に真の住所等・氏名等やそれを推知させる事項が記載された書面を提出せざるを得ず、閲覧等の制限が必要となる場合には、強制執行の事件についても、秘匿申立てと閲覧等制限の申立てをする必要があります。)

 訴訟や調停において秘匿決定がなされた事件について相手方の預金や給与等の債権を差し押さえる場合、裁判所から、第三債務者(銀行、雇用主等、相手方に対し差し押さえられた債権に係る債務を負っている者)に対し、差し押さえた債権の全額に相当する金銭を債務の履行地(特約等がなければ相手方の住所(民法484条1項)を管轄する供託所(供託を取り扱う法務局)に供託するよう命令してもらうよう申立てをすることができます(民事執行法161条の2第2号)。これにより、相手方の取引銀行や雇用主等にこちらの住所等・氏名等を知らせずに取立てをすることが可能になります。

 供託された金銭は、裁判所による配当等の手続を経て、法務局に供託金払渡の手続をして受け取ることになります。

(なお、第三債務者に供託をさせ、配当等の手続を経て法務局から供託金払渡の手続をするというのはそれなりに煩雑ですので、弁護士を代理人に立てて強制執行をする場合には、第三債務者から弁護士の口座に振り込んでもらうようにするのが通常かと思われます。供託命令の手続は、あくまで、弁護士を立てずにご自身で差押え手続を行う場合の手段と位置付けられるものと考えます。)

 

7 注意事項

 ここまで説明してきた住所等・氏名等の秘匿の制度では、希望すれば必ず住所等や氏名等の秘匿が認められるわけではなく、裁判所に、住所等・氏名等が相手方に知られることにより、「社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがある」ことが一応確からしいと認めてもらう必要があります。裁判所にそのように認めてもらえなかった場合、相手方に自己の住所氏名を明かして訴訟等を進めざるを得なくなります。

 また、秘匿決定が出た場合でも、秘匿対象者が住所等や氏名等の記載がある書類を提出してしまうと、書類提出の際に閲覧等制限の申立てをしない限り、住所等や氏名等が相手方に伝わってしまいます。そのため、裁判所に書類を提出する際には、住所等や氏名等、及びそれを推知させる事項が記載されていないか細心の注意を払うとともに、閲覧等制限の申立てをするかよく検討する必要があります。。

 さらに、秘匿決定がなされた場合でも、相手方は、秘匿決定の要件を欠く(又は事後的に欠くに至った)として秘匿決定の取消しの申立てをすることができます(民事訴訟法133条の4第1項)。

また、相手方は、「自己の攻撃又は防御に実質的な不利益を生じるおそれがあるとき」には、裁判所の許可を得て、秘匿事項届出書面や、閲覧等制限がなされた書類の閲覧・謄写等をすることが認められています(民事訴訟法133条の4第2項)。秘匿決定の取消しや(訴訟手続きの場合)閲覧・謄写等の許可をする場合には裁判所は秘匿対象者の意見を聴かなければならないとされているうえ(民事訴訟法133条の4第4項1号)、秘匿決定が取り消されてしまった場合や閲覧等の許可決定がなされてしまった場合には「即時抗告」(上級裁判所への不服申立て)をして争うことが認められてはいますが(民事訴訟法133条の4第5項)、秘匿対象者の意思に反して住所・氏名等が相手に明らかになってしまうことはあり得ます。

 また、家事調停や家事審判の手続については、秘匿事項届出書面の閲覧・謄写については上記の意見聴取や即時抗告の規定が準用されます(家事事件手続法38条の2)。

しかし、家事審判・家事調停手続については閲覧等制限の規定が準用されないこととされたうえ(家事事件手続法38条の2)、家事審判・家事調停事件の記録の閲覧等の許可の規定(家事事件手続法47条、254条)には、相手方からの意見聴取の規定や、閲覧等許可に対する相手方からの即時抗告の規定がありません。非開示希望申出がなされた事件記録について相手方から閲覧等許可申請があった場合の秘匿対象者からの意見聴取については規定がなくても運用上実施されるのではないかと期待したいところですが、非開示希望申出がなされた事件記録について相手方に閲覧等が許可されたことについての即時抗告は、明文の規定がない以上できないものと思われます(家事事件手続法99条)。家事調停・家事審判手続に住所等、氏名等又はそれらを推知させる事項が記載された証拠等を提出するのは、真にやむを得ない場合に限ることとして自衛するよりほかなさそうです。

 

8 雑感

 このように、この手続によっても住所・氏名等が相手に明らかになってしまうことはあり得るのですが、住所・氏名等を伏せて訴訟等のみならず強制執行まで行うことが一応可能になったのは大きな意義があるものと思われます。

 弊所の取扱分野との関係では、DV事案のほか、住所や本名を明かさずにX(Twitter)、インスタグラム、YouTube等のSNS等に投稿をしていたところ誹謗中傷にあった場合等において有効に活用できるのではないかと考えております。

 弊所においては、このような事案の活用等も見据えつつ、事案に応じた最適な訴訟・調停等の進め方をご提案したいと考えております。

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